アダルトゲーム総括


パソコンポルノ事情

ポルノグラフティーの歴史は長くて奥深い。意識するにしないにせよ、ポノルグラフィーは人類の発生ととにあり、連綿と現在にまで続く表現ジャンルの1つである。ポルノグラフィーは、新しいメディアができるたびに、そこに取り入れられ、量的な広がりとともに質的な進化を遂げてきた。そもそもさまざまなメディアで、エッチで猥褻なものが、そのメディアの普及に大きな貢献を果たしてきた。その最たる例がレンタルビデオである。
コンピュータソフトウェアもその例外ではなく、1980年代前半からすでにポルノ化の傾向が見え始めてきていた。

1981年ごろから、パソコンのグラフィック機能を主に駆使した、アダルトと呼ばれるものが登場しはじめた。それまでのマシンではグラフィックが貧弱で、女の子を表現するのが難しかった。しかし、FM-8やPC-8801といったマシンの登場により、女の子をグラフィックで表現できるようになったのが直接のきっかけだろう。また、アダルトゲームは、リアルタイムゲームよりも作るのが比較的簡単で、ネタ的にも人間の欲求と直接結びついているので、そこそこの売上を見込めるという点も挙げられるだろう。

初期のアダルトの内容は、「何が何でも相手を脱がす」ということをテーマにしたもので、最も多いものが「野球拳」であった。初期の野球拳で最も有名なのが、ツクモ電機が発売した「野球拳」(写真)である。このゲームは後にさまざまなアダルトゲームを制作して活躍する槙村ただし氏が制作したものである。このゲームは秋葉原の至るところでデモンストレーションされていた。
野球拳タイプのゲームは数多く発売された。ツクモの「美少女ひっぱがしゲーム」、CSKの「緋牡丹お竜」「セーラー服と野球拳」、エニックスの「マリちゃん危機一髪」、コズミックソフトの「聖子ちゃんSOS」などが代表的なものである。



ナイトライフ

市販されたパソコンソフトで、初めてアダルトを明確に謳ったソフトというと1982年に光栄が発売した「ナイトライフ」が思い起こされる。ナイトライフはゲームではなく、C.A.I.もしくは家庭用ソフトと分類するべきものであろうか。このソフトは、安全日の計算、今日の体位、ファック、体位のデモといった機能を備えており、広告に「新婚さんへの贈り物へ」と書いていることから、明るい家族計画に実にまじめに取り組んだソフトだといえるだろう。しかし、パソコンのメインユーザーが高校生から大学生が多かったため、このソフトはそういったパソコン少年たちの興味を引く格好の対象となり、話題性は非常に大きかったのだが、実用として使った人がいるのかは謎である。



ロリータブーム

1980年初頭に少女をモチーフにしたエロマンガがブームになった。これは「ロリコンマンガ」(美少女マンガ)と呼ばれ、好きな少女キャラを裸にしたり、いたぶったり、といった表現によるマンガが流行したのだ。「ななこSOS」などで有名な吾妻ひでおを中心に、蛭子神健、内山亜紀、いしかわじゅんといった作家たちがおり、彼らは熱狂的なファンをつかんでいった。折しも、少年マンガ界はラブコメブームの中にあり、マンガの中の少女はかわいくなり、あちこちでエロチシズムを振りまき始めていた。1981年には、マンガ情報誌、アニメ情報誌等でこれらが大きく取り上げられることで、盛りあがっていった。1982年になると、これらのブームに触発された形で、ロリコンマンガ誌が次々に創刊された。「ヤングキッス」「レモンピープル」「漫画ブリッコ」などである。ロリータブームに同期する形で、コミックマーケット(コミケ)や、その後アニメロリータも流行した。(写真は吾妻ひでお「ひでお童話集」より)



ロリータゲームの登場

社会現象になったロリータブームに便乗して、パソコンゲームにもロリータを題材としたアダルトゲームが登場した。PSKの「ロリータ」(写真)「ロリータⅡ」である。「ロリータ」は1982年にFM-8用が発売され、PC88版が発売されたのは1983年になってからである。「ロリータ」は野球拳であるが、それまでの他の野球拳とは異なり、相手はかわいい女子中学生である。少女マンガ風のびっくりしたような目をしたまま女の子を脱がせ、下着などもシャレていた。さらに、女の子の服が透けて見えていたり、ある程度まで脱がせると女の子が赤く頬を染めたり、早く脱がせすぎると警察に捕まったりといった芸の細かさで、他の類似ソフトを大きく引き離していた。それまでの野球拳が単なる「卑猥なものをみて遊ぶ」ものだったのに対し、ロリータは女の子の絵が抜群にかわいく、これこそアダルトゲームの第1号と呼ぶ人も多い。

1983年には、さらに続編の「ロリータⅡ」が発売された。このソフトは基本はテキストアドベンチャーゲームで、お目当てのシーンだけグラフィックが出るというものであったが、グラフィックの枚数は少ないながら、描き込まれたその絵には執念のようなものが感じられるほど、出来がよかった。このゲーム、目的が不純だがアダルトゲームとしては初めて、きちんとしたゲームといえるレベルにまで昇華したものだといえる。そして、当時のマニアからも高い評価を得て、なんと雑誌ログインのソフト売上部門(東京)で第一位になってしまった。

しかし、このゲームが一位になったことで逆に波紋を呼んでしまった。というのも、その内容が、下校中の少女を警官に見つからないように袋小路に追い詰めて、ロープやハンマーで襲うというものであったからだ。ただでさえ、「パソコン少年=根暗」という評が定着しつつあった当時、一般の人が、ディスプレイに表示される女の子のグラフィック画面に性的興奮を感じ、さらにロープでハンマーで襲っているとしたら、寒気さえ感じたかもしれない。これ以後、パソコンゲームユーザーは、生身の人間は相手にされず(逆に相手にもしない)、ディスプレイに映った少女を眺めてニヤニヤしているといったイメージが浸透し、それがしばらく尾を引いたことは間違い無い。

※ただし、現在発売されているいわゆる「美少女ゲーム」も似たようなものである。いや、さらにエスカレートしているかもしれない。当時のパソコン少年たちは、これら猥褻ゲームに対して後ろめたいものを感じていたし、なにか恥ずかしいものがあった。しかし、最近の若者(20代後半以上も含む)は、このような行為を恥ずかしいとも感じず、堂々と街中でこのようなソフトを購入し、大声で会話しているのを聞くと、筆者は現代の方がさらに重症に感じるのである。



PSKとロリータ

「ロリータ」「ロリータⅡ」というヒットゲームを発売したPSKは、初期のパソコンエッチゲームの牽引車的役割を果たしたメーカーといえるだろう。この後にも「アリス」「ファイナルロリータ」「イエローレモン」「ザ・病院」とロリコンシリーズを続々と発売し、エッチゲーム+アドベンチャーの路線を確立していった。

これらのソフトを制作したのは、武市好浩氏(写真)、藤戸健司氏、宮田彰氏といずれも本業が病院の検査技師や医学生であった。また、PSKの店長である瀬川氏も高知市内の病院に勤める勤務医で、「医者は生活のため、お医者さんごっこみたいなもの」と、よく考えるととんでもないことを語っていた方であった。
特に武市氏は「ロリータ」シリーズの作者で、プログラムは副業で、本業の傍ら、趣味的にパソコンでプログラムを組み、自分の納得するものを作っていたという独自のスタイルを貫いていた人である。こんな片田舎の小さなショップが、初期のアダルトゲームを牽引していたのは、なんとも興味深いことだ。



CSKとバカゲー

1983年に、放送業界などとライセンス契約を結び、それを商品化としようとしたメーカーがあった。株式会社CSKソフトウェアプロダクツである。CSKは、東映グループとパソコンソフト開発において共同開発をする契約を1983年3月8日に行った。このとき共同開発されるソフトは、ゲーム、教育、OAにわたり1年で200種類を予定していた(本当に200本も制作したかどうかは実際に確認がとれなかったので、詳細は不明)。このときに「フィルコム」というブランドが誕生し、「探偵物語」「ゴルゴ13」などのソフトが発売された。ちなみにどのソフトにも東映のもつキャラクターが登場し、企画、販売は東映、技術サポートがCSK/木屋通商ということになっていた。

東映の作品は、「探偵物語」「ゴルゴ13」(写真)ばかりではない。日本の邦画の方がメインで、その数は無数に存在する。CSKではそれらの邦画をゲーム化する権利を所有してたため、これらをパソコンゲーム化することになった。また、その制作には、木屋通商と、当時設立してまだ間も無い「HOT・B」にプログラムを依頼することになった。しかし、これが後々にまで語り継がれる、数多くのバカゲーを生み出すこととなったのだ。


「仁義なき戦い」「日本海大海戦」「新幹線大爆破」「柳生一族の陰謀」(写真)といった映画をゲーム化するにあたり、これを木屋通商お得意のボードシミュレーションタイプのウォーゲームに強引に置き換え、それなりのゲームの形となった。「新幹線大爆破」を除き、これらのゲームはほとんど映画と関係ないような進行をしていたが、まだましな方であった。問題は、「大奥秘物語」「卍」「温泉みみず芸者」といったアダルト映画をゲーム化し始めたことであった。

これらの移植を担当したのは「HOT・B」であったが、ゲーム内容はすさまじいの一言である。とてもアダルトゲームファン受けするとは思えないようなグラフィックに、アドベンチャーゲームともクイズゲームとも言えない、中途半端なゲーム内容。さらに猥褻な言葉を次々と入力させて、女ではなく男をいかせるといった目を覆いたくなるようなものであった。これらのソフトはいかにも発想、組みたてが貧困で、猥褻そのものである。しかも画面上に現れる女性で性的興奮が与えられるとは思えない(これでイケたら、たいしたものだ)。また、そのプロセスについても何の楽しみも興奮もなかった。おそらく筆者が生涯見た中で、これほどのバカゲーは存在しないだろう。

バカゲーに共通する点として、製作者がそのソフトを「ウケ」ではなく、まじめに作っているという点が上げられる。これらのゲームも決して「ウケ」を狙った物ではなく、映画をなんとか忠実に再現できないかと思考錯誤した結果、このようになったのだろうと筆者は考える(こんなことをまじめに考えている筆者もかなりバカだ)。

しかし、1984年までは、このような大人のためのアダルトゲームが確実に存在した。たとえば、光栄の「団地妻の誘惑」「オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか?」などもその類(最もこちらはもっと完成度が高い)である。世間一般で「アダルト」というのは、「成人男性向けの"大人"が楽しむ猥褻」である。CSKのゲームや光栄のゲームは、この定義に近いものである。しかし、「ロリータ」シリーズのヒットにより、パソコンでアダルトゲームというと、いつのまにか「間違っても成人男性ではなく、ロリコンのガキが自分の都合のよいように作り上げた不気味な色気を振りまく2次元の女の子を鑑賞するゲーム」になっていってしまったのである。



アダルトゲームの増加

1984年以降になると、各メーカーもPSKに続けとばかりに新しいタイプのエッチゲームを発売しはじめる。まず登場したのはエッチゲームにパズルの要素を組み合わせたもので、ボーステックの「ピーピーングスキャンダル」、アスキーの「ウォーターワーカー」(写真)「ブリーズ」(いずれも開発は工画堂)なとが挙げられる。これらは、ロリコン路線ではなく、大人向けアダルト路線である。続いて会話型のエッチゲームで、アスキーの「エミー」「エミー2」など(こちらも開発は工画堂)。そしてパソコンでナンパの過程をシミュレートしてしまおうというものまで現れた。エニックスの「東京ナンパストリート」である。これらのゲームは、いずれもゲームのクリアの結果としてエッチ画面がご褒美として見ることができるという共通点があり、ゲームの中にうまくエッチの要素を組み込んだものと言える。
また、あまりゲームと関係なくエッチできるものも登場。マカダミアソフトの「マカダム」は、大人のおもちゃを使って画面の女の子を責めまくるゲームであった。また、実写を画像取り込みして、本物の女の子のハダカをみせるウインキーソフトの「ショッキングクロスワード」などが登場した。まだこのころは、現在では絶対にパソコン少年たちにはタブーである「実写モノ」が数多く存在していた。




天使たちの午後

1985年に入ると新たなエッチゲームが登場した。それはジャスト(一太郎のジャストシステムではないので注意)の「天使たちの午後」である。このゲームは、アドベンチャーゲーム+エッチの組み合わせで、特にストーリーが斬新というわけではなかったが、その学校に通う複数の女の子とエッチをしてしまうという物語の展開や、グラフィックのきれいさ、いわゆる美少女系の絵が受けた。
さらにこのゲームのシチュエーションはいままでになく斬新だった。プレーヤーは美少女たちに囲まれた学園生活をしており、6人ものかわいい女の子たちがプレーヤーにそれなりに好意をもっている。そしてうまく展開すればセックスシーンへ進むことができるのである。このセックスシーンは当時としてはかなり過激で修正なしである(修正を入れるほどリアルではなかった)。警察からクレームが来るのではないかと感じた。アニメ絵調の女の子が大胆なポーズをとって、「そこまでみせるか・・」と思わせるものも多数あった。それまでのアニメ絵調タイプのアダルトゲームは、裸の場面寸前で警視庁にストップされたり(例:「女子寮パニック」)(笑)と、欲求不満がたまるものが多かったのである。

このゲームのヒットは、この手のゲームの氾濫という反動となって、1986年以降のエッチゲーム路線を決めてしまうことになった。



ジャストサウンド

「天使たちの午後」にはもう1つ画期的なことがあった。それは、エッチシーンのときに女の子が「ジャストサウンド」という機械を通してしゃべるというものであった。ただし、初期バージョンの「天使たちの午後」にはこの機能はついておらず、後に発売された「バージョンアップ版」にての対応となっている。

ジャストの社長、佐藤氏はもともとアーケードゲームのハードを手がけ、計測機器を開発していた人物であった。ジャストサウンドはそんな社長を反映してか、88初の音声を発生する装置として登場したのである。ジャストサウンドは音声合成システムで音声を発生するほか、音声認識機能もあり、スタンドアローンでも機能を使うことができた。

ジャストサウンドは、1985年に発売され定価は1万円以上もした。「天使たちの午後」では、音声のデータをフロッピーディスクにデジタルデータ(PCMデータ)としてもっており、それをジャストサウンドで再生するという仕組みになっている。「しゃべる」という歴史に関していえば、1970年代後半にアメリカで発売された、「スピーク&スペル」というインテル社の作った機械が初めてだと言われている。これは英単語を打ち込むと音声を発する教育用のマシンで、当時話題になった。パソコンで初めて話をさせる機械として有名になったのは、おそらくボトラックス社の「ボトラックス」である。これはパソコン側から打ち込んだ文字やデータにあわせてしゃべったりするものである。その後、日本でもNECのPC-6001mk2が同じような方法でしゃべらせていたのは、有名な話である。

実際に「ジャストサウンド」から発声された「天使たちの午後」のエッチシーンは・・・。なんとも卑猥な雰囲気が漂うあやしいものであった。ただし、女の子がみな同じ声の性質だったので、それが変わればさらに卑猥ですばらしいものになっていたかもしれない。

ちなみに後年にログから「ボイスボックス」(写真)という音声合成装置が登場した。原理的にはジャストサウンドとほぼ同じだが、音質はジャストサウンドよりよいと宣伝されていた。筆者はこの音声を聞いたことがないので、詳細は不明である。対応ソフトは「極楽鳥パラダイス」以降のログの製品ぐらいしかなかったと思うが・・。



177と国会問題・・・そして

1986年に「177」がマカダミアソフトから発売された。「177」は一言でいうと強姦ゲームである。人気のない草むらで家路につく女性を追い掛け回し、服を全部はぎとるとシーンが一転。そこで彼女とのセックスに進み、彼女を満足させることができないと刑法177条により起訴されてジ・エンドというすごい内容であった。「177」は後年に主流になったいわゆる「美少女モノ」(「天使たちの午後」などの系)とは違い、「マカダム」「東京ナンパストリート」などのように、当時の猥褻なものを冗談半分にゲームにして(強烈ではあったが)しまったものだ。たしかに倫理的にはかなり行き過ぎた感はある。しかし、いま考えて見るとこれらの類のゲームは、制作者が本気で儲けようとして作ったとは思えないし、彼らも楽しんで、シャレのつもりで作ったのだろう。

ところが、どのような経緯かはわからないが、当時国会でパソコンで猥褻なものが青少年に悪影響を及ぼすだので、「177」が槍玉として挙げられてしまった。当然、「177」は発売を自粛、この手のシャレで作られていたソフトは、国家権力を恐れてそれ以降作られなくなってしまった(シャレにならなくなった)。筆者からみれば、「マイロリータ」「エルドラド伝奇」の方がもっとやばいだろうと言いたかったいのだが・・。
このあたりから、いわゆる「美少女モノ」が徐々にパソコンゲームを侵食していった。筆頭はチャンピオンソフトで、「ゼータ」「オメガ」「レモネード」といったエロディスクマガジンものを制作し、その後「アリスソフト」と名前を変えて「美少女ゲーム」路線に完全に鞍替えしてしまった。さらに「HARD」「GREAT」「SYSTEM HOUSE OH!」「フェアリーテール」といった完全美少女狙いのメーカーも続々と誕生した。さらに雑誌もそれを煽った。角川書店の「コンプティーク」は、中綴に「福袋」なるものをつけて、エッチなシーンを特集しはじめた。また、「テクノポリス」は雑誌自体が完全に美少女モノ中心になってしまった。


そして1989年に登場した「ドラゴンナイト」(写真)は、きれいな女の子の絵と、それなりによく出来たシナリオが合致した。そのために、雑誌や口コミで「ドラゴンナイト」の完成度の高さが評判となり、一般のユーザーまで手を出すようになったため、大ヒットとなってしまった。それまでロクなシナリオがなかった「美少女ゲーム」という分野が1つのジャンルとして確立してしまったのである。
この時点で、パソコンのアダルトゲームは完全に、「実生活で母親以外の女性と言葉を交わせないような少年が、自分の都合のいいように作り上げた不気味な色気を振りまく立体感のない虚像にうつつを抜かすソフト」になってしまった。「ドラゴンナイト」のヒットにより、利益優先のソフトメーカーが次々とこの手の美少女ゲームを作りだしていった。そしてこれは88が終焉を迎えた後、最悪の形となって現れていく。日本のソフトメーカーのほとんどが、この分野のゲームしか作らなくなっていったのである。まともなゲームはほとんど海外からの移植。筆者は別に美少女ソフトの存在を否定する気はない。しかし美少女ゲームがパソコンゲームの中心に置かれてしまったことが非常に残念だ。中には美少女ゲームでもシナリオが非常にしっかりしていて、ロールプレイングやアドベンチャーとして傑出したものがあると反論する人もいるだろう。しかし、あのような不気味な色気を振りまく少女を主人公にしたゲームを、一般の人たちが受け入れるだろうか? パソコンゲームの市場がこれらの勢力で占められていると思うと、パソコンゲームが社会的に認知される日は、はるか先、いやもう来ないかもしれない。

余談:この後、「沙織」などのソフトで"美少女ゲーム"も大問題になったが、この話は98の全盛期で、もう88に関係ないので触れないことにした(個人的にも別に書きたくない)。知りたい人は当時のテクノポリスなどをご覧ください。

参考文献
パソコンゲームの達人 P.13
写真:吾妻ひでお「ひでお童話集」より引用
ジャストサウンドの写真:MOG氏よりご提供
武市氏の写真:ちょっとエッチな福袋 PSKの紹介より引用