ゲームを捨てないで!

先日10月25日、両国にある江戸東京博物館内で、情報保存研究会のシンポジウムが開催されました。
無料の催しで、資料保存に関係する多くの方、企業や団体の方々が参加されるイベントです。
ゲーム保存協会も資料の保存が日々の仕事、ぜひ他の方々の取組みを拝見させていただこうと会場に向かいました。

今回初めて参加させていただいたこのシンポジウムで一番印象深かったことは、皆さんの資料保存に対する姿勢です。
アーカイブには様々なタイプがあり、個々の皆様の取組みも十人十色、それでも、全員が一致して、未来に資料を残すという使命感のもと必死に取り組んでおられることが伝わってきました。ゲームも古文書も掛軸も、ものが何であっても、将来この資料を使う研究者のために一つでも多くのものを残したい、という気持ちは同じです。
シンポジウムでは3月の大震災で被害にあった資料の救援など興味深いお話もあり、地元の人と協力して資料を扱い、デジタル保存したものは必ず地元にコピーを置くことで還元するという取組みで、文化や歴史を残すことの大切さを多くの人に広めることにも繋がっている例など、示唆深い内容でした。

お願いです、みなさん古いゲームを簡単に捨てないでください。
20世紀の文化を後世に残すには、お手元にあるゲーム資料が必要です。
多くの企業は倒産や合併や移転で、当時の開発資料や製品そのものを処分したり紛失したりしています。企業にある場合は、どうぞ大切に保管保存をするよう取り組んでください。個々のご家庭にあるものについては、カビなどに気をつけ保管し、保存について専門的技術が必要であればご相談ください。私たちは保管、そしてソフトウェア自体の内容を正確に残す高度なマイグレーション技術を持っています。ご相談いただければ、ゲームに限らず様々なところで、過去の文化を残す取組みに貢献できると思います。

そしてすでにゲームの保存や保管に関心を持っている方々は、改めて、どうか全ての資料を残す努力を続けてください。
何が資料的価値をもつのかは、私たちではなく未来が決めます。
売れたからとっておこう、とか、有名だからとっておこう、だけではなく、関係するあらゆるものをできる限り保存する努力をしてください。
私たちゲーム保存協会では、家庭用ゲーム機などのコンシューマ関連だけではなく、アーケードやPCなど、できる限り多くの種類のゲーム資料を集めて保管保存しています。
保存作業の優先順位をつけるのであれば、それは資料的価値ではなく、資料そのものの劣化速度にあわせて考えてください。
コンシューマ関連のROMカセットなどは耐久年数が比較的高いです。一部CD-Rなど不安なものもありますので、手遅れになる前に正確なマイグレーション技術を開発する必要がありますが、まだ少し時間の余裕があります。それに比して主にPCのゲーム資料に多いフロッピーディスク、アーケードの基板などは非常に繊細で劣化が速いです。ゲーム保存協会でも優先に作業を行っていますが、一人の作業者が使える時間には限りがあります。
どうかゲームに関する研究をされている方々、ゲームに関わる企業の方々、ゲームの歴史を残すために助力いただける皆様は、劣化と向き合い、未来の文化研究家のために脆弱な資料から順に丁寧な保存作業を進めてください。

実際の資料保存の方法や、マイグレーションに関する注意事項などは、今後順次ゲーム保存協会の団体ホームページ及び掲示板で公開していきたいと思います。
また、よりよい技術や優れた方法があればぜひ皆様からもご助力いただきたいのです。

資料の保存は一人の力だけではできません。特殊な専門領域間の連携や自由な情報交換、そして人々の協力があってはじめて達成できます。まだまだ文化財という意識で取り扱われることの少ないゲームですが、100年後、きっとこの資料を使って20世紀の歴史を研究する人が出てきます。この資料を活用して、当時の文化の変遷を学ぶ人たちが現れます。
一人でも多くの方とこの意識を共有し、資料の保存に取り組みたいと思うので、ひとつでも多くのゲームが残せるよう、ご協力をお願いいたします。

ゲーム保存協会 辻

情報保存研究会さんホームページ: http://e-jhk.com/html/

デジタルゲーム保存の歴史と未来

我々の活動であるデジタルゲーム保存は、まだ海外に比べて意識そのものが低い状況にあります。なぜゲーム保存が必要なのか、またどんな技術が必要とされるのか、様々な疑問を持たれる方も多いでしょう。
NPO化に向けて、そうした基本的な質問に答えられるような準備を進めていますが、一つの試みとして今年静岡で開催された「日本SF大会」における分科会の枠をお借りして「MSXユーザーズグループ」と共同で講演を行いました。日本SF大会は今年で50回を迎え、参加者も1000名を越える歴史と規模を持ったイベントです。

「ビデオゲーム保存の歴史と未来」
2011年09月04日 13:30~15:00 グランシップ・908会議室

日本SF大会における分科会は同時に複数の企画が開催され、参加者はその中から興味のある物に自由に参加できる形式を取っています。毎回開催される企画も多くある中で、今回が初開催の講演でありながら約40人ほどの方が来て下さいました。

ビデオゲーム保存の必要性、他メディアの現状、海外での意識や保存活動、具体的な保存技術も含めて約1時間の講演と、30分の質疑応答という構成を取りました。今回は始めてということもあり、特に「ビデオゲームをなぜ保存しなければならないか」、「デジタルゲームの現存状況」について重点を置いて解説しました。

・ビデオゲームは開発元の企業で保存されていることは稀
・保存している企業もパッケージの保管が主体で、劣化に対する意識は低い
・映画業界では特に無声時代の作品の多くが失われ、取り返しのつかない損失となった

最終的には立ち見の方も出る結果となり、想像以上の関心の高さを感じられるものとなりました。また、同様の活動をされている方やゲーム業界の古いお話を伺うこともでき、当方としても得る物は大きいイベントでした。

 

8インチディスク(メディア)の実物や、HxC Floppy Emulatorを装着したPC-8801MCも持ち込み、動作している状態の展示も行いました。実際の機材が動いているところはなかなかお見せすることは難しいのですが、こうした機会を捉えて活動の幅を広げていきたいと思います。

ゲーム保存協会 日下

HxCと日本の伝統工芸の出会い

当団体で使用するHxCフロッピーエミュレーターが、意外な場所で文化の保存に活用されています。
ゲーム保存協会のメンバーが個人のブログで「HxC FloppyDisk Emulator」(以下「HxC」)について記載していたのですが、先日、そのメンバーのもとに、京都の西陣織物業「西陣金襴青年会」の方からHxCについて問い合わせが来たのです。

京の伝統工芸として有名な西陣織の多くはジャカード織機を利用して生産されています。現在の織機は、PCでデータを作成しCGSジャカードフォマットとしてフロッピーディスクにてデータを供給する、「ダイレクトジャカード」で制御しています。ところがこのフロッピーディスクがメディア、ドライブとも劣化が進んでいます。
以前は8インチ、5.25インチのフロッピーディスクドライブを使っていましたが、最近では3.5インチのいわゆる「3モード」のものと互換性があります。
しかしながら、2010年でフロッピーメディアの生産は停止し、西陣の業界ではこうしたドライブがプレミア付きで取引されているとのことでした。Windows機へデータを吸出し、USBメモリーにて制御する装置も開発されましたが、高額であり近年の不況のためほとんどの職人さんが購入できずに、過去のドライブを修理しつつ使用しているとのこと。
そこで、より安価に生産体制を維持するべく、HxCを利用できないか?という問い合わせです。

美しい西陣織の伝統を途絶えさせてはいけない、ぜひ何とか協力したい、ということで、詳しい事情をお伺いして、作業してみることに。

まずは、「どのドライブが使われているのか?」を特定する必要があります。また、「実際にフロッピーディスクはどのようなフォーマットであるのか?」を調べる必要もあります。そこで、ドライブの写真とフロッピーディスクを提供していただきました。
西陣の織機に使われているドライブは、すべて同一ではないとのことでしたが、その中でも送っていただいた写真からNEC製の「FD1137D」と特定。

「FD1137D」と同一のドライブはPC-9801UX21などで使用されています。ですから、このPC-9801UX21でHxCが動作すれば、織機でも同じように動作する可能性が高いと考えられます。
早速、件のPCを手に入れ実験してみましたが、PC-9801VX以降の機種はいずれもドライブ側にデータセパレータ(VFO)の実装が必須で、この「FD1137D」にもドライブ側にデータセパレータが必要だと判明しました。
HxCは本来データーセパレータを実装しておらず、そのエミュレーションを行うには回路ごと改良しなければ不可能です。
そこで、データセパレータを別に作成し、「PC-98」ー「データセパレータ」ー「HxC」と接続して動作を確認したところ、PC-9801UX21で問題なく動作可能であることが判明しました。
これで物理的に織機の「FD1137D」を置き換えることが理論上では可能となったわけです。

次にCGSフォーマットを検証しました。
CGSフォーマットは2HDディスクで、77シリンダ、2サーフェス、26セクター(256バイト)のいわゆるIBMフォーマットです。
このフロッピーディスクをなんとか、HxCで使用できる形式へ変換しなければなりません。
3モードドライブなどいくつかの問題があったため、直接HxC Floppy Emulator Softwareでのイメージ化は行わず、一旦国内のPC-98エミュレータなどで多く採用されている「D88」形式へ変換、イメージ化を行いました。
しかしながら、作業時に使用していたHxC Floppy Emulator Softwareは「D88」形式をサポートはしていたものの、2Dディスクのフォーマットまでで、2DDや2HDは未対応でした。

このままではどうすることもできない、ということで、HxCのフォーラムにて海外の開発者に直接サポートをお願いし、その結果、2HDなどにも対応するHxC Floppy Emulator Softwareが出来上がりました。
新しいソフトでイメージを変換し、PC-98に接続したHxCにて、改めて動作確認をおこなった所、見事に読み書きが可能になったのです!
これらの結果を「西陣金襴青年会」の方へお伝えし、実際の織機とHxCを接続して試していただいたところ、問題なく動作し、織機での使用が可能でした。

新しいデバイス、技術で過去の資産を活かすことができたのです!様々な場所で活用されていた古いメディアを、未来に残すために、様々な方法が開発されています。古いゲームもそうですが、きっと私たちが気づかぬ場所で、西陣織のように、メディアやドライブの劣化問題で困っている方々が沢山いるはずです。

今ならまだ間に合います。
文化を未来に残すためにも、完全な劣化消滅の前に、できる限りのことをやってみる必要があると思います。

ゲーム保存協会 福田

HxC: http://hxc2001.free.fr/floppy_drive_emulator/ (英語)